相手は見て見ぬ振りをしてくれたのだ。
それに甘えてこちらも知らない振りをしていれば良い。
しかし、全てを見られたかもしれない。
その知られた相手が知人であれば尚更。
カカシはその人物が気になって仕方が無かった。


「カカシ先生、探し物ですか」
気配を断っていたというのに、その人物は何でもないというように普段通りにカカシに話し掛けてきた。
カカシはふらりと本棚の陰から身体を現した。
目の前に現れたカカシには目もくれず、イルカはひたすらに巻物と書物を種類ごとに振り分けている。
「イルカ先生、もう仕事は終わったんでしょ」
「ええ、まあ。でも少しずつでも整理しないと」
アカデミーの片隅にある古い倉庫は巻物や書物がカオスと化している。
重要性が低いから乱雑に放置されたままになっているだけなのだが、生真面目なイルカは暇を見つけては自主的に整理をしているらしい。
「先生は変わってるよね」
「そうですか」
「金にもならない倉庫の整理をボランティアで引き受けたり」
イルカは書物に顔を向けたまま苦笑いをする。
「ふふ、変わっていますか」
「傷を負った暗部に出会っても、顔色一つ変えないし」
イルカは書物から目を離して、自分の傍らに立つカカシを見上げた。
真上から威圧するように見下ろすカカシを前に、イルカは全く動じなかった。
「だって、そんなの。珍しくないでしょう」
「うそ、珍しいでしょ。手負いの暗部なんて」
イルカはカカシに構わず再び手に持った書物に視線を落とした。
「珍しくないでしょう。自傷する忍なんか」
二人の間に沈黙が降りた。
やはり。
イルカはわかっていたのだ。
敵から受けた傷ならあの時すぐに手当てをするなり、医療班を呼ぶなりしただろう。
イルカはあの日、誤魔化し様も無いほどに血の匂いが漂う演習場を一言言葉を残し後にした。
「どうしてわかったの」
「すみません。あなたが演習場に飛び込んできた時から気配が伝わってきていたので」
自分の迂闊さにカカシは臍を噛む。しかし、あの夜はそれだけカカシの状態は尋常ではなかったのだ。
「何も聞かないの」
「何か、聞いて欲しいんですか」
「いや・・・」
イルカは、まるでカカシがそこに存在しないかのように作業に没頭している。
正直、カカシは驚きを隠せない。
今目の前にいる男はいったい誰だ。
今までカカシが認識していたイルカという男は、自分の部下の恩師でアカデミーの教師で。
非常に人が良くお節介で、いつも屈託無く笑っていて、忍としてはどうかという位に内面が顔に出る男だったはずだ。
目の前にいるイルカは、カカシに干渉してくる素振りは全くない。
イルカであればあれこれと心配をして、カカシの内面にまで首を突っ込んでくるとばかり思っていた。
一定の距離を置いてカカシの中に踏み込んでこようとしないイルカは、カカシにとって以外だった。
しかし細心の注意を払っていたのに、よりにもよって部下達の恩師に気付かれてしまうとは。
僅かにカカシの眉根が寄った。
「もちろん、誰にも言いません」
心を見透かされたようで、カカシはハッとした。
なんだか目の前にいるイルカは普段のイルカとは印象が全く違う。
これほどに相手の雰囲気や、心の機微を捕らえて、そつなく接する事のできる人間だったのか。
どちらかと言えば人に好かれこそすれ不器用な部類だとカカシは思い込んでいた。
「あんな朝早くから、演習場で何をしていたの」
「単なる授業の準備ですよ。あの日は一日がかりの演習があったので」
「そう・・・ありがと。放っておいてくれて」
「どういたしまして」
拍子抜けするほどに片が付いた。
カカシは話す事も無くなり、くるりと踵を返した。
「・・・珍しくなんか、無いんですよ」
カカシの背中にぽつりとイルカは漏らした。
その後に続く言葉をなんとなく聞くのは躊躇われてカカシは足早に倉庫を後にした。
一点の翳りも無い、太陽のような人間だと思っていた。
自分とは全く正反対に位置する人間だと。
そんなイルカでも、やはり何かしら心の中に抱える闇はあるのだろうか。
話は済んだとばかりに背を向けた自分に投げかけられた言葉。
イルカこそ自分に何か聞いて欲しい事があったのだろうか。
里に常勤する朗らかな男の初めて見た一面はカカシの心の中に引っ掛かり、何故かいつまでも消えずに残った。






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